恋は自分ひとりじゃできないですね。
片想いが両想いになると
ひとりの想いじゃなくふたりの想いになります。
ふたりの想いが重なっているうちは
幸せな時間を感じることができます。
けっきょく恋が長続きするかって
幸せを感じる時間が長いかどうかだと思うんです。個人的には。
でも、相手がいることだから、
自分一人で決められないことも出てきます。
そうなったとき。
ふたりの想いが食い違ったとき。
あまり幸せな時間が感じられない。
そんなことが多くなります。
そうなったとき。大事なのはどっちでしょう?
自分の幸せでしょうか?
相手の幸せでしょうか?
ふたりの幸せだったはずが
私だけが損をしている
あの人だけが得をしている
私だけ
あの人だけ
と、なってしまう。
でも、本当は?
ふたりの想いが重なっていたから
幸せを感じていた。
それが食い違うようになった。
ではなくて。
お互いの時間が増えていくにつれ
重なる想いだけでなく
食い違う想いも増えていく。
だって
別々の人間だし
別々の環境で育ち
別々の生活を送ってきた二人が居て
想いが重なるの自体、奇跡的なこと。
重なる点・共通点があるから
相手を想うようになるのだけれど
圧倒的にそうじゃない部分ほうが多いのが当たり前。
これが本当のところ。
人の数だけ幸せがある。
言葉上でなく、それが現実。
想いが重なるコト自体が奇跡で
それが当たり前なんて思い込むのは
未熟であり、自立していない証拠。
二択ではなく、
常に予想より斜め上の選択肢が必ずあることを知った。
引き受ける覚悟をしたから、
苦しみと仲良くなった。
目に見えるものを、
できるかぎりいろいろな見方をするようになった。
聞こえてくる言葉を
できるかぎりいろいろな聞き方をするようになった。
すると、世界が拡がった。
拡げるのに努力とかは別に要らなくて
反射で物事を判断しなくなった。
そんだけのことだったりする。